●いいにくのひに●


一昨日27日は母の命日でした。
2歳でお別れしたので、写真で見た顔しか分からないし声に至っては全く記憶にないのですが。。。

母が亡くなったのは私が大学1年の時。
まだ日も昇らぬ早朝にお手洗いに行き、そのまま、、、だったそうです。
当日はもちろんお正月に実家に帰るまで
私は何も知らずに脳天気に過ごしていたのですが
その1994年の11月27日にあったこと、着ていた服までが何故だか鮮明に記憶に残っています。

お正月、祖母が涙をぼろぼろ零しながらそのことを教えてくれた時
涙のひと粒も溢れなかったけれど
ただただ母の写真を眺めながら様々な思いを巡らせた数日間。
私がここにいるということ。
私が生きているということ。
私が生まれてきたということ。

あれから12年の歳月が経って今年は13回忌。
27日の朝、12年前と同じように母の写真を眺めていました。
その中には祖父と母が私を囲んで写っているもの、
祖父母と母と母方の祖母と一緒に写っているものがあり。
19のあの頃には元気でいた母以外の人たちももういないんだなぁと思ったら
とても寂しくなったのだけれど
あの頃とは全然違う気持ちで見たその写真のひとつひとつはとてもあったかくて。

19歳の私はそれに気付いたのかどうか定かではないけれど
写真の中で
お母さんがしっかりと私の手を握っていることや
だっこしてくれているのがたまらなく嬉しかった。

もうその温もりは今のこの手の中には感じることはないけれど
この手を握ってくれていたお母さんが確かにいて。
ここには写っていないけれど、
お風呂に入れてくれたりごはんを食べさせてくれたり
そういう日々があったことを思うと
なんだか不思議で、でも嬉しくて。


今まで、哀しい思いや辛い思いをしたことはそれなりにあったけれど、
でも、間違いなく幸せな人生。
特に一人で身勝手に生きはじめてからは、
何をしても、苦しい思いを強いられてもいいような出来事に遭っても、
いつも不思議なくらい
人に恵まれて、守られて、笑って生きてこれて。
それは、友達、恋人、家族、そんな大切な人たちのお陰ではあるけれど
もしかしたら、お母さんという人のパワーもあるのかもしれない、

母が眠る方角の空を眺めながら、ふと、そう思いました。


幼い頃、母に手紙を出したことがあります。
でも、それは行方知れずで戻ってきました。
それ以来母に連絡をしようとはしなかったし、会うこともなく。


今日、とても嬉しい手紙が届きました。
母と同じように子供と離れることを選んでしまったけれど
こうして、手紙が届いたり、電話が来たり、
年に数回はお泊まりに来てくれたり、
それはあの子の父親の優しさに尽きるし、本当に感謝しています。

このことがどんなに嬉しくて力になるか、、
会うことはなかった母の思いも今の私の心の中にあるのかもしれません。

端から見れば、結構滅茶苦茶やってきた人生だけれど
色んな愛情の中で沢山沢山守られて生きてきました。
与えることはできないまま、ただ受けて受けて。。
だからこそ、
どこまでも限り無く力はあるように思う。
何があっても元気で笑顔を忘れずにいられる、
根拠はないけれど、強くそう感じるのです。

これから何があってもきっと私は幸せだし
生きてこれたこと、いろんな経験ができたこと、
そして、生んでもらえたことに心からの感謝を。


さて。今日はいい肉の日。(毎年11/29に言ってるw)
とりあえず、ダイエット頑張りますw

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# by tamayura_2006 | 2006-11-29 22:16 |

●ひさびさうだうだ●

すっかりきまぐれブログと化してきましたw
霜月も後半に入り、街ではクリスマスソングが流れはじめ
これから一気に年の瀬に向かっていくのでしょうね。

先週.。
4ヶ月ぶりに故郷に帰りました。
このブログでも曖昧な書き方をしてきましたが、
ぶっちゃけ、10代の少年少女がする家出のような形で地元を出てきました。
そんな私を父や友達はいつものように迎えてくれて。

物心ついた時から住み続けた街、
海外に出ても何をしても、
それは最後をこの街で終えるためにという想いを常に持って生きてきた私が、
ここを出るという決心をした日。
何の迷いもなくその瞬間が訪れたことに自分自身が一番驚いていた、気がします。

夢を叶えるために、だとか
愛する人を追いかけて、だとか
そんな綺麗なものではありませんでした。
大好きな街で出逢った大切な人との関わりを私自身が滅茶苦茶にしてしまった、
その絡まった糸はほどこうとすればする程にさらに絡まり続け、全てを丸め込もうとした時に
それが音もなく、弾けて、ただただ無音になり。
その無音の中で思ったこと。

この街を出よう、ということ。

抱いていた夢は少しずつだけど具現化されようとしていたし
私を頼ってくれる友達もいたし
新しい職場にも慣れてきた頃だったし
一瞬でも想いを分かち合った人もいたけれど
それらを全部置いてくる、生まれて初めての決心。

だけど、
なんの後悔もなかったし、
今ある全てを手放すと決めた人間ってなんでもできる気がするというか
不安や期待もなにもなく、
ただただまっすぐに今の街にやってきて。

4ヵ月経った今
あらためて、良かったと思える。
やり方は少々荒かったけれど、結果として。

父親も友達もあの頃よりもとても安心した顔で私と接してくれて。
それだけナチュラルな私で地元に帰れたから。

私がいなくなった7月は
やはりちょっとした騒動になってしまってたみたいで、
それはみんなの話の端々から痛い程伝わるのだけれど
それでも、口を揃えて同じことを言ってくれるのです。

『どこで何しててもいいよ。元気でいてくれてたまにこうして笑顔で会えるなら』


4ヵ月という月日はたったひと季節ぶんにしか過ぎない微々たる時間。
いきつけのお店のスタッフもいつもと同じだし、
そこに集うお客さんの面子も同じw
コンビニのおねーちゃんも同じだし、
強いて変化を言えば、
毎日のように通ったカフェの女の子がちょっと太っていたことくらい。

環境が一気に変わった私は随分時間が経ったような気がしていたけれど
まだまだ時間は必要だと思いました。
4ヵ月くらいじゃ全然思い出になりきれないことも沢山あるし、
私自身もまだまだ頑張らなければいけない。
それを強く感じただけでも、勇気を出して帰ってみて良かった、うん。


私と同じ日一時間違いで生まれた大好きな友達は今回の騒動に関する出来事を
一番見ていた人で(といっても、彼女にすら私は何も言ってなかったのだけれど)
ともすると、私は既に全てを聞いているであろう彼女にガンガン責められてもおかしくないと覚悟して会ったのに

『同じ誕生日だからってわけじゃないけど、●●ちゃん(私)がこんなに強かったなんて、私、すっごい勇気貰ったよ!』
と言ってくれて。
逃げ出したと思われても仕方ない、それは弱さなのに、
強いと言ってくれたことがとても嬉しくて、
いつも私がやりたくて、でもしなかったことを全部やってきた彼女が、
私に勇気を貰った、と言ってくれたことに驚いて、そしてやっぱり嬉しくて。

今抱いている夢だとかそういうものをしっかり描いていこうって思いました。


大好き=傍にいるべき
ではなくて

大好きだからこそ離れる、
という選択が私には必要だったとあらためて感じた一週間でした。



というか、
毎日更新しようと思ってはいるのですよw
でも、途中で眠くなっちゃうんだもん、、、…うだうだうだうだ…

ぼちぼちがんばりまーす☆


寒くなってきました。
風邪などひかれない様、御自愛くださいね。
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# by tamayura_2006 | 2006-11-19 12:23

●That is the question.●

日々記録というより、
もろ響ペースの響録になってしまっています。
元気です、響です。


そんな私の最近はといえば。

寝ているか起きているか
動いているか止まっているか
作っているか嗅いでいるか
追われているか逃げているか

そんなところです。





ゆうべ。

卯の花の炒り煮を作るのに
ひとり分40gのところ間違えてひと袋使ってしまい
300gできあがってしまいました。


「To be, or not to be: that is the question.」
生きるか死ぬかそれが問題だ。
という訳で有名な台詞。

ボールいっぱいの卯の花を目の前にして
この台詞を呟く晩秋の朝。


ちょっと焦っていますw
冷凍大丈夫なんかなぁ。

とりあえず
あさごはんあさごはん☆

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# by tamayura_2006 | 2006-11-05 08:10 |

●いつのまにか●

チーズケーキを焼きました。
メインとなるチーズをけちってしまい
チーズ風味ケーキ、になってしまったのはご愛嬌。

遠いむかし。
甘い甘い生クリームたっぷりのケーキを卒業して
チーズケーキにはまったのは小学校5年生のころ。
なんのデコレーションもない、シンプルで、ちょっぴり酸味のあるあの味に
ずいぶんと大人に近付いたような気がしたっけ。

そのチーズケーキを自分で焼く。
いつの間にこんなことができるようになったんだろう。

私の中にある沢山の
“いつのまにか”。


いつのまにか。
珈琲をブラックで飲めるようになっていた。

いつのまにか。
熱々のご飯を素手で握れるようになっていた。

いつのまにか。
色鉛筆の使い方をおぼえていた。

いつのまにか。
お味噌汁を美味しく作れるようになっていた。

いつのまにか。
ほうれん草の茹で方をおぼえていた。

いつのまにか。
トマトの湯剥きをおぼえていた。

いつのまにか。
缶切りを使えるようになっていた。

いつのまにか。
マニキュアの塗り方をおぼえていた。

いつのまにか。
マスカラの塗り方をおぼえていた。

いつのまにか。
背中のファスナーを1人であげれるようになっていた。

いつのまにか。
人参が食べれるようになっていた。

いつのまにか。
お茶の正しいいれ方を知っていた。

いつのまにか。
服を完全に脱ぐことなく着替えができるようになっていた。

いつのまにか。
さまぁーずが好きになっていた。

いつのまにか。
メタファーだとかカオスだとか、得体の知れないカタカナ言葉をおぼえていた。

いつのまにか。
いろはにほへと、が全部言えるようになっていた。

いつのまにか。
色は匂えど、が詠えるようになっていた。

いつのまにか。
虹の七色を言えるようになっていた。

いつのまにか。
牛肉より豚肉が好きになっていた。

いつのまにか。
ニュース番組を見るようになっていた。

いつのまにか。
過去を愛おしく思えるようになっていた。


いつのまにか。
いつのまにか。
きっかけなんて全然思い出せない程に。

だけど、きっときっかけはあって。
それは全てが
大人になる過程での出逢いが与えてくれたきっかけ、そんな気がします。

食べ物もお料理も本も言葉も思考も、それ自体が出逢い。
そして
それを教えてくれた人、
そうしてみたいと思わせてくれた人との出逢い。
それが誰だったかは、、今となっては霧の中なのだけれど。


「おとなになる」「いつのまにか」というキーワードで
私たちはどうしてもマイナスのことを思ってしまう。
「いつのまにか夢を見ることをやめてしまった」だとか
「いつのまにか素直さを忘れてしまった」だとか
「いつのまにか体が重くなってしまった」だとか。

だけど、それと同じくらい
いえいえ或いは
それ以上にたくさんのことを得て大人になって。
そのどちらが大きいかなんて計り知れないけれど、

もし大きなものを失ったと感じるならば
そう感じてる時点で
それは取り戻せるものではないかなぁと思うのです。
失ったそこにはきっとそれが入るべき空洞があるのだろうから。

そして、
例え眼に見えない程些細な”いつのまにか”だとしても
それはきっと”いつしか”その空洞を埋める大きな宝のための鍵や地図になる。
そのたったひとつを数多ある鍵や地図の中から
何度も何度も取り出しては合うか合わないか試してみるのも悪くない、
そんな気がします。

大人になるのは失うことじゃなくて
たくさんの経験を活かせるチャンスを得ること。
きっと。




いつのまにか。。

このにっくき体重が元に戻っていますように。(切実;;

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# by tamayura_2006 | 2006-10-22 05:55 |

●とりとめなく●

なんだか気分が良いので本日2度目の投稿。

いつもは夕方になってしまうお買い物を今日は午前中に。

早朝はどんよりだった空も
いつの間にか雲を吹き飛ばして見事な青空。
長袖では暑いくらいの日射しの中、てくてくと歩いていつものスーパーへ。

毎日のように通る道なのに、時間が違うと人も違う。
当たり前だけど、不思議。


夕方はカップルや一人暮らしの人が多いのだけれど
午前中は、
赤ちゃんや2歳くらいのチビちゃんを連れた若い奥様が多いのです。
幼稚園や保育園にお子さまを送った帰りだとか
愛する旦那様を見送ってお掃除お洗濯を済ませてだとか
そんなところかしら。


そういう光景にふと胸がかすかな音を立ててしまって
「おぃ」と自分にツッコんでみたり。


暖かくて真っ青な空が広がる昼間、
体中が
”ぎゅん”、
と締め付けられるような感覚になるのはどうしてなんだろう。
子供の頃からそうだったな。

春の”ぎゅん”は苦手だけど
秋の”ぎゅん”はわりと好き。
それでも時々泣きたくなるけれど。

♪いつもよりも 晴れた空を 眺めてたら
少しだけ哀しくて少しだけ泣いてみて♪


なんて
ジュディマリのYUKIちゃんが唄ってました。
あたしもついつい口づさんでしまいます。
こんなキラキラなお天気の日は。



むかしむかし。
こんな晴れた秋の日曜日。

好きで好きでたまらない男の子がいて、
その日は彼が妖精パックを演じるシェイクスピア作『真夏の夜の夢』の公演日。
そして、
私の11回目のお誕生日でした。


劇場を出ると
ずらりと役者さんたちが並んでお礼を言っていて。
その中にいる彼の前をさらっと通りたかったのだけど
あまりのドキドキに足が浮ついていてぎこちなくなりw

そんな私に彼の方がさらっと
本当にさらっと
一言。

「お誕生日おめでとう」


それがどれくらい嬉しかったか。
もう20年近く前のたった1日の出来事だというのに
あの日の真っ青な空と
あの日着ていた白いブラウスと水色のスカートが
それはそれは鮮やかに蘇るくらい。
それほどに嬉しい1日だったのです。



翌年。
12回目のお誕生日。

その彼からうさぎの絵のマグカップと、
人生初のラブレターを貰いました。
たかだか小学6年の男子児童が
意味もわからないまま遣ったであろう、
「愛しています」という言葉に心臓が破裂しそうなくらい音を立てて。


今思うと
あの歳で愛を語るだなんてとんでもないマセガキだわ。
あれから彼は何度この言葉を遣ったんだろう。
私という女にそれを言ってしまったことを憶えているのかしら。(無理だなw



高い高い秋の空にそんなことを思い出してにやりとした火曜の午後。
なんだか
とりとめなく喋り過ぎてしまいました。ハンセイ。


さて。
お米研いで少しお昼寝しよ。

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# by tamayura_2006 | 2006-10-17 15:43 |